ワルシャワ2日目は前日休館だったキュリー夫人記念館と未見学だった旧王宮見学メインで再び旧市街観光へ出かけました 雨こそ降りませんでしたがあまり天気が良いとは言えずテンションが上がらず写真は少な目になってしまった旧市街見学2日目の様子デス
(2019.07.16現在)
旧市街地観光2日目
城壁
今にも雨が降りだしそうな空のワルシャワ2日目はメトロ線Ratusz Arsenał駅から歩いて城壁の中間部からスタート
ワルシャワの市内交通は時間区切りチケットで時間内ならバス・トラムも乗れますがバスは普段から乗り慣れていないのでどうも苦手 いつ来るか分からないし、待っている間に歩けてしまうのでは? と思い1km以上でも歩いてしまうせっかちタイプだったりします
ヤン・キリニスキ記念碑 ポーランド英雄の1人とされ1794年のワルシャワ蜂起の際に軍を率いて戦ったマスター級の靴職人あがりの軍人さん
建物の時計は毎時メロディを奏でるカラクリ時計となっています 鐘が鳴りますぅ~ キンコンカン♪ 夜中も鳴るのでしょうか? そうだとしたらうるさくてかないませんね
城壁に囲まれたかつての旧市街の様子のジオラマ こうしてみると聖ヨハネ大聖堂は昔からたいそうな教会だったのですね 現在地は皆が指でコスって光っている場所になります
城壁と城壁の間の小道を歩いてバルバカン方面へ歩いてしまい途中にある幼い蜂起兵の記念碑(Mały Powstaniec)を見過ごしてしまいました シッパイシッパイ ※翌日ワルシャワ蜂起博物館でレプリカを見る
幼い蜂起兵の記念碑 1983年に設置されたワルシャワ蜂起で犠牲となった少年兵を追悼する像 像を設置する資金はワルシャワのボーイスカウトによって集められたそうです 子供×愛国心 市民なら寄付は断れないですね
幼い蜂起兵の記念碑の場所はこちら 城壁の外側にあるので見過ごさないように
馬蹄形の珍しい城門バルバカンに再び到着 青い左折マークの方向へ少し歩けばキュリー夫人記念館です
キュリー夫人記念館
アクセス
マリー・キュリー記念館は旧市街地の城壁 バルバカンの門からフレタ通りを150m南西に進んだ先にあります 博物館と言うにはそれほど大きくないので記念館が適切な表現
マリ・キュリー記念館
キュリー夫人の生家となる建物 以前は茶色い建物でしたが現在は真っ白に 入口が地味なので通り過ぎてしまわないように注意
看板にはMuzeumとありますがGoogle Mapでは記念館と表記されているのでここでも記念館とします (見学できるのは2階フロアーのみでボリュームもないので)
料金は11PLNですが火曜日は入場無料デーです!! (月曜が休館)
コペルニクス、ショパンに次ぐポーランド三大偉人の1人に挙げられるキュリー夫人の華麗な経歴がこちら
- 1867年11月7日 ワルシャワに生まれる
- 1884~1891年まで家庭教師として働きながら大学を目指す、 この頃から化学分野志向に
- 1891年 24歳の時にパリのソルボンヌ理科大学に入学し物理、化学、数学を学ぶ
- 1893年 物理学の学士試験に合格、1894年には数学の学士試験にも合格
- 1895年 ピエール・キュリーと結婚
- 1898年 強い放射能を持った2つの新化学元素 「Poポロニウム」と「Raラジウム」の存在を発表
1903年 ノーベル物理学賞 1911年 ノーベル化学賞とノーベル賞を2度受賞!! 日本人なら誰しも知る異国のスーパー夫人
娘さんもノーベル賞を受賞したり、血筋は科学者、先生と頭のいい人ばかり・・・ 御見それしました
キュリー夫人と夫ピエール・キュリーの頭像 キュリー夫人の名前はすぐ出てくるけど夫の名前は? と聞かれても出てきません 1906年、夫のピエールは6トンの馬車に轢かれて46歳の若さで死去
2度目のノーベル賞は最愛の夫の死の悲しみを克服して1911年に受賞しています
当時の研究用具 100年以上前の道具なので中学校の理科の教室で揃うようなモノばかり これでよく放射性物質の研究をしたと感心するばかり
キュリー夫人が使用したとされる机などの調度品 ピエールの死後はソルボンヌ大学初の女性教授となり教鞭と研究を続け、フランスを中心に活躍しました
パリの研究室は放射性物質の汚染がひどく防護服なしではアクセスできないほど キュリー夫人の死因も放射線被曝が根本の原因と考えられています
天才科学者 アインシュタイン他、世界の名立たる頭脳を持つ面々と会談するキュリー夫人の写真 物理学の最高峰会議ソルベー会議メンバーの一員でもありました
日本語で出版されたキュリー夫人の伝記 もう一つの展示ケース内も日本の本ばかりでした この年の6月末に秋篠宮ご夫妻が来館したので日本語ばかりの書籍を集めたのでしょうか?
2階から眺めるフレタ通りの町並みが素敵でした 記念館は小さいので小一時間もあれば十分かと思います
ワルシャワ王宮
キュリー夫人記念館からバルバカンの門をくぐり再び城壁内に入り王宮を目指します この日は天気が悪く街中風景等あまり撮影していなかったようでロクな写真がありません…
王宮見学料金
ワルシャワ旧王宮内へ 中庭に入って右側の建物がチケット売り場 入館料 1人30PLN(約860円) 左側の建物が館内入口となります ※この頃はブログを書く気が無かった為、アチコチネタになるような写真を撮っていませんでした
ワルシャワ宮殿は16世紀末に首都をクラクフからワルシャワに移動した際にジグムント3世の居城として13世紀からあったお城を改築、以後王宮として、国会や大統領執務室など政治文化の舞台として利用されてきましたが第二次世界大戦でドイツ軍によって破壊 旧市街地の再現同様 ほぼゼロベースから1988年に蘇った宮殿
建物は残念ながらレプリカとなりますが館内にある調度品は破壊と略奪を恐れ事前に持ち出されていた為オリジナルが多くの残されているとのコト
王宮内見学
The Oval Gallery ゴブラン織りのタペストリーコレクションが飾れている間 ポーランド・リトアニア合同時の王でヤギェウォ朝最後の王 ジグムント2世アウグストのコレクションで16世紀のシロモノ
続いてRoyal Council Room ガランとしていて装飾もおとなしめ 特筆すべきものが感じられない軽いジャブのよな空間からの~
Great Assembly Hall ギアが上がりました 円柱の大理石柱、ゴージャスな金塗の漆喰装飾の壁etc といかにも 宮殿 といった雰囲気
天井から吊り下げられた大きなシャンデリア 華やかなで煌びやか~
天井に描かれた巨大なフレスコ画 建物は破壊されているので製作は1980年前後のハズ
次の部屋はThe Knight’s Hall 最後の王となったアウグストの時代にはここで王室行事や国家の祝宴、コンサートが開かれたそうです
ここにもアンメルツ ヨコヨコを必要とするご老体がいました
農耕神像でローマ神話のサトルヌス(ギリシャ神話ではクロノス) 肩に乗せらえた球体は時計になっており、鎌の先が現在時刻となる仕組みだそうです(動いている様子はありませんでしたが・・・)
その頭上には地動説を唱えた天文学者コペルニクスの肖像画があります 地動説については 「チ。-地球の運動について‐(ビッグ コミックス) 」 で鋭意勉強中
The Throne Room 直訳すると王座の間 王座は事前に持ち出されていた為略奪の難を逃れているそうです
Conference Room 寄木細工のような床と壁の絵図が独特の雰囲気をかもし出す部屋 豪華な造りですが会議室というよりは座談室のような感じ
本会議の前のおしゃべりで大方の話は決まっているんだよね
The King’s Study 王の書斎 難しい本が沢山あって気持ちよく眠りにつけそう…
The King’s Bedchamber キングベッドを置いてもベッドが小さく見える部屋を持ちたいものですね 天井も恐ろしく高い…
The Old Audience Chamber いわゆる謁見の間デス ネスヴィジ城も豪華でしたがこちらはそれ以上
The Green Room まんま 緑の部屋
The Yellow Room なるほど黄色だね この宮殿からすれば普通のダイニングですが庶民用に転用すれば高級レストランです
それにしても絵が多すぎ 絵は買うものではなく書かせるものなのでしょうね・・・
The Marble Room 大理石で作られた重厚で重みのある雰囲気の部屋 歴代の国王21人と王女1人の肖像画飾られています 仏間に沢山のご先祖様の遺影が飾られているのと同じ感覚?
日本には宮大工のようなスペシャリストが居ますが西洋にも宮殿大工に値するスペシャリストがいるのでしょうか? 細部まで素晴らしい造り込みでした
ヤン・マテイコの大作「プスコフ包囲戦でのステファン・バートリ(Stefan Batory at Pskov-1872)」
プスコフでロシア皇帝イヴァン4世がポーランド王ステファン・バートリの前に跪く様子が描かれています リヴォニア戦争でロシアは一部の領土を失うことになりましたが終戦の交渉にイヴァン4世が跪いた事実はないばかりか交渉の場にも表れていません ポーランドの視点から見た誇張された話を絵にしています
同じくヤン・マテイコの作品で最後の作品 「1791年5月3日憲法(Constitution of 3 May 1791 – 1891)」 別の呼び名は「1791年の改革憲法通過後にワルシャワ大聖堂に入るスタニスワフ・アウグスト王(King Stanislaw Augustus entering Warsaw Cathedral after the passing of the reformed Constitution of 1791)」とも ※赤マントの人物がポーランド王スタニスワフ2世アウグスト
近代的な成文国民憲法としてヨーロッパで最初のものであり、世界でもアメリカ憲法に次ぐ2番目のものとして知られている1791年に採択された5月3日憲法の100周年を記念して描かれたモノ
5月3日憲法は貴族が特権を有した時代の終わりを告げ、より民主的な立憲君主制を樹立する憲法だった為、特権剥奪を恐れた貴族が牛耳る周辺国の反発を招き、1975年にポーランドは三分割されて消滅という運命につながってしまいました
Senatorial Hall 上院の間 王族・貴族から政治が民衆の手に渡り上院が開かれた場所
街の85%が破壊されてしまったワルシャワ 旧市街地も王宮も国民の熱意と努力で見事に再建されました 二度と焦土と化す争いがないよう政治の力でいつまでも平和な時代を維持してもらいたいものです
退館時入口付近の螺旋階段を撮影してみました ぐるりんパ
初日と違いどんより雲の旧王宮前広場 ピカピカの王宮内を見ていると貧乏人は目がチカチカしてしまいますがネスヴィジ城を見学していたので免疫がついていました セーフ
旧王宮 再建の建物でしたが見応えがありました
聖アンナ教会
昨日立寄らなかった旧王宮の南にある聖アンナ教会 新古典主義のファサードを持つポーランドで最も有名な教会の1つ 歴史は古く1454年にベルナルド会修道院として建てられたことに始まり、大きなカトリック行事はすべてここで行われる重要な教会だそうです また教会隣に建つ大きな鐘楼は6PLNで登ることが可能
教会内 薄いクリーム色の控えめな外観と異なり教会内は重厚なバロック様式の造りでした 天井のピンク系の色も絶妙な色合いでGoodデス
バロック様式の どうだ凄いだろ~感が凄いパイプオルガン 観光シーズン中、日曜祝日を除く毎日お昼にパイプオルガンの生演奏を楽しむことができます(10PLN)
[php_everywhere]
次はもっと上手に旅します
超まとめ
- 幼い蜂起兵の記念碑は城壁の外側にあるので見落とさないコト
- キュリー夫人記念館は火曜日なら入館無料
- キュリー夫人は初の女性ノーベル受賞者、2度受賞したのも彼女が初
- 王宮のチケット売り場と入口は正反対の場所にあります
- 王宮内は再建ですが調度品はオリジナルが多い 詳しく見学するならガイドツアーで
- 王宮内の部屋には必ず時計が1個以上置いてある
- 聖アンナ教会のオルガンコンサートは数百円なので時間(正午)が合えば是非に
関連リンク集
- Poland Travel ポーランド政府観光局公式サイト
- Warsaw Tour ワルシャワ市観光局公式サイト
- ポーランド国鉄 ポーランド国鉄公式サイト
- ワルシャワ市電 ワルシャワ市電の公式サイト
- ワルシャワ旧王宮 公式サイトのようですがアクセスできない???
- キュリー夫人記念館 日本でもおなじみキュリー夫人の記念館a