ビザなし陸路出国のミスで、12時間遅れで到着したウクライナの首都キエフ。 一夜明けた翌日はやっと手元に戻った荷物の確認を済ませてからゆっくりスタート、ウクライナ正教の総本山・ペチェールシク大修道院へ。
今回は中央駅周辺の情報と、キエフ観光初日に訪れた世界遺産・ペチェールシク大修道院見学のお話です。
(2019.07.12現在)
キエフの宿
駅から徒歩10分のAirbnb
キエフの宿泊先は駅(新しい駅舎側)から歩いて約10分。 アパートの一室貸しAirbnb物件にて宿泊。 1泊3,140円×3泊。 オーナーは別の場所に暮らしており、チェックインとチェックアウト時に対応。
夜行列車利用でのキエフ入りのつもりが国境付近でプチ拘束、またミンスクに戻り飛行機利用で入国し直したので遅い到着となってしまいましたが、歓迎してくれ、親切に対応してくれました。
部屋は広いワンルームタイプで小ぶりですが実用的なキッチンがあり、浴室はバスタブ付と申し分ない設備。 駅から少し歩きますが、大通り沿いなので夜でも比較的安心して歩け、快適に過ごせました。
キエフ駅周辺
7/12 手元に戻った荷物の確認を済ませた後、次の訪問地ワルシャワ行きのチケット確保からスタートしました。 鉄道駅まで行き、駅近くのマックで遅めの朝食125UAH(約530円)を済ませ、バスターミナルへ。バスターミナルへ。
バスターミナル
バスターミナルはキエフ旅客駅(古い駅舎側)から歩いて300mほど。 発着場の周りに各バス会社のブースが立ち並ぶ感じ。
バスターミナル周辺の建物はちょっと古臭く、ゴミもあちこちに散乱。 ゴミが皆無だったミンスクから来たので、治安が悪いのでは? と心配になるほどでした。 (実際の治安は不明ですがミンスクの綺麗さを再認識)
バスターミナルの様子 一昔前のバスやワンボックスタイプが多く、名の知れた大手バス会社の姿は少なく、Eurolinesのバスチケットを確保したかったのですが、窓口が閉まっていました。
現地語表示はまるで読めず、英語も通じないため、窓口が何時に開くのかさっぱり分かりません。 ローカルバスは怪しげだったので、バスから列車にアッサリ切り替えることにし、駅へ戻りました。
キエフ旅客駅
キエフ旅客駅(旧駅舎) 1927年から1932年にかけてウクライナ・バロック様式に構成主義の要素を取り入れて建設された駅舎。 2001年に大きな修復工事が行われましたが、外観は建設当時のオリジナルを維持しています。
線路を挟んだ反対側の旅客駅舎。 近代的なデザインでオリジナル駅舎とは正反対。 駅前広場もコチラ側の方が近代的な雰囲気でした。 駅舎が建てられたのはオリジナル駅舎が改装されたのと同じ2001年とのこと。
旧駅舎内の様子 高い吹き抜けの広い空間。 エスカレーターで上がり、連絡通路から空港行き特急のホームや新駅舎へ移動できます。 (旧駅舎の方が雰囲気があってイイ感じでした。)
窓口にてワルシャワ行きの寝台列車チケットを購入。 今度は陸路での出国でも問題ないことを十二分に確認済み。(また間違えたら嫁サマに殺されかねません)
料金は2人分で2625.84UAH(なので1人約5,500円 ミンスク~キエフと同じぐらいでした) チケットはミンスクで購入したチケットより解読可能でした。(笑)
線路を渡る連絡通路にある空港行Boryspil Express専用の待合室。
チケットはハイテク券売機で無人購入。 料金は空港まで1人80UAH。
Puzata Hata
本日の見学先ペチェールシク大修道院に向かう前にPuzata Hataというカフェテリア方式のレストランで昼食。
メニューが分からなくても気になる料理をトレイに乗せるだけ♪ スープなどは雰囲気が分かるのでとてもイイです。
メインディッシュ 何がどんなウクライナ料理なのかよく分かりませんが、美味しそうな物を指さしオーダー。
デザートもバッチリ。 昼や夜の時間は空席を見つけるのが大変なほど現地の人にも人気のお店でした♪
色々な料理が食べられるので、滞在中何度かお世話になりました。 チェーン展開しており市内に何店舗かあるので見かけたら是非試してみて下さい。
公式サイト は現地語のみですが料理と値段が確認できます。
ペチェールシク大修道院
行き方
地下鉄を利用する場合、キエフ旅客駅近くのVokzalna駅から赤いメトロ線にてArsenalna駅へ。 Arsenalna駅から三位一体教会門までは約1.3kmほど歩くか、バスを利用します。(バスは今回利用してないので分かりません ← バスは普段から乗り慣れていないので不得意だったりします)
メトロ利用なら目指す駅はDnipro駅でなくArsenalna駅。 ちなみにArsenalna駅はプラットホームの深さが地下105.5mで、世界で最も深い地下鉄駅として有名。(行ってないじゃん 先に教えてよ…)
道中の様子
キエフ旅客駅近くのVokzalna駅から地下鉄に乗り、出発。 ドアにВХІДと書かれたドアが入口 ВИХІДと書かれたドアが出口。(見ていれば自然と分かります)
切符の購入方法はミンスクと一緒。 窓口で運賃を支払い、プラスチック製のコイン型のトークンを買い、改札に投入して進みます。
料金は1乗車 8UAHで距離は関係ありません。 地下鉄は3路線ありますが、迷うことなく問題なく乗れるかと思います。
改札口 ミンスク同様チャージ式のカードチケットもありますが短期観光ならトークン式で十分。 ただし、ICカード利用を絶賛推進中だったので、近い将来トークンは消えるかもしれません。
Dnipro駅にて ここから先、Lisova駅までの6駅は地上区間になります。 この駅のプラットホームだけが唯一相対式プラットホームとなっています。(他は全て島式プラットホーム)
車両はお世辞にも新しいとは言えず、ミンスクの地下鉄車両に似ています。(ひょっとしたら同じ?)
ドニプロ川を望む ジョジョ漫画に登場するスタンド使いのような銅像がありました。 ゴゴゴゴゴ
ドニプロ川沿いを北西に進みます。 途中、釣具店が軒を連ねる釣りキチ三平通りがあり、ウクライナ人の釣人魂を感じました。(なんのこっちゃ)
Googleマップには徒歩経路として検索されませんが、アプリのオフラインマップ Maps.meで検索された道を選択したのが失敗でした。 一応通れる道でしたが草木が茂る道で川からの高低差がそこそこありました。
Dnipro駅からこの道を使ったら近いかなと思ったら、不正解。 Arsenalna駅からのアクセスが正解です。 嫁サマのご機嫌を損ねないよう森のくまさんを歌い、誤魔化しながら歩きました。(笑)
大きな車道に出たところにあったChurch of St. Andrewという教会(ここまでで駅から0.9kmぐらい) 他にもモニュメントやらありましたが、特筆するようなものでないので先に進みます。
永遠の栄光公園にある記念塔。(ここまでで駅から1.4km Arsenalna駅からならもう到着していた)
記念塔の周辺はホロドモール記念博物館の施設として整備されています。 ホロドモールは1932~1933年に起きた数百万人の死者を出したという大飢饉。 当時のスターリン政権下の強制的な農業集団化や穀物徴発などによって引き起こされた大飢饉は、ウクライナではジェノサイドと位置付けられています。
ペチェールシク大修道院
Dnipro駅から1.8kmほど歩いてようやく三位一体教会門の入口に到着。
ペチェールシク大修道院は11世紀に創建されたウクライナを代表する正教会の修道院。 東スラヴ世界でも特に長い歴史を持つ宗教・文化の中心地で、ウクライナの宗教・教育・学問に大きな影響を与えてきました。(1990年に世界遺産に登録)
どういう組み合わせチケットを購入したか忘れましたが 、見学料は2人で160UAHでした。 見学する内容により料金設定が異なるので現地で確認してください。 撮影代も別途必要です。
聖三位一体教会
ペチェールシク大修道院の大門になっている聖三位一体教会 12世紀初めに建てられた小さな教会ですがイコノスタシス、絵画で覆われた壁が圧巻の教会でした。(外壁はご覧のとおり修復中なので感想はなし)
大聖堂鐘楼 18世紀に建てられたバロック様式の鐘楼で96mの高さを誇ります。 別料金で塔の上に登るとキエフの主要な場所を見ることができるそうですが、パス。 撮影料は別途だし、見学先としてはややこしい限り。
ウスペンスキー大聖堂
ペチェールシク大修道院の中でも本丸的な教会となるウスペンスキー大聖堂 オリジナルは11世紀に建造されましたが第二次世界大戦中に破壊され、ウクライナの独立後に再建され2000年8月に再び奉献されました。
外観も内観ともにとても美しい大聖堂で、見応えがありました。
黄金に輝くイコノスタシスが圧巻でした。 中は撮影チケットがないと撮影できません。 なぜ写真があるのでしょう?
Googleマップに内観のストリートビューがありました。 床からドームに至るまで本当に見応え十分。 グルグル回して雰囲気を味わってください。
大聖堂の裏手が正面以上に立派な気がします。 白壁に描かれた聖人たちのイコン。 立体的な構造と絵になります。 聖堂の一部は破壊を免れた構造がみてとれますがほぼ全壊ベースですね…
トラベズナ教会
ウスペンスキー大聖堂の隣にあるトラベズナ教会 僧侶たちの食堂が併設されていたので別名食堂教会と呼ばれています。(外観写真はロクな写真がなかったのでGoogle ストリートビューで)
案内図にあった名称はSts Antony and Theodosy of Pechersk Church with the Refectory なので「食堂を有する聖アンソニーとテオドシウス教会」が正式名称に近いのかな?
教会内 19世紀後半に建てられた教会。 ドームの一部には古代ビザンチウム(イスタンブール)を模したデザインが見られ、少しオリエンタルチックな雰囲気も感じられるのも合点がいくような気がしました。
ラヴラの僧侶たちが食事をしたというホール ちょっと豪華すぎない? 教会や食堂内に描かれた絵画は20世紀初頭に描かれたので、モダニズムの影響が含まれています。 ここも内観の写真があるのは何故だろう…
全聖人教会
ウスペンスキー大聖堂の北の方にある全聖人教会。 ペチェールシク大修道院に3つあるエントランスの1つになっています。
地下墓地
上の修道院エリア見学を終えた後は壁を隔てた南側の下の修道院と呼ばれれるエリアへ。 下の修道院エリアにはウスペンスキー大聖堂のような派手な教会はなく目玉となる見学先は地下墓地ぐらい(?)
上の修道院エリアから下り加減でしばらく歩き、この門を潜った先が入口となります。
地下墓地入口 狭い通路に沿ってかつての聖人、修道士の遺体が収められた棺を御参りしながら巡ります。 神聖な場所なので、ドレスコードが厳しく露出の多い服装はNG。 カメラやビデオによる撮影は厳禁です。(なので写真はナシ)
下の修道院エリアの必見スポットということで観光客も多いのですが御参りに訪れる信者の人も多く、ガラス越しにキスをして祈りを捧げる熱心な信者の姿がとても印象に残りました。
信者の方の熱心さは伝わりましたが、建物前に停められていた黒服の神父(?)さんたちの車がみな黒塗りの高級ドイツ車だったので。
やっぱり坊主丸儲けかよ!! と1人ツッコミを入れました。
嫁サマにはArsenalna駅が最寄駅だったととても話せませんでした。(バスとか使えって話ですね)
次はもっと上手に旅します
超まとめ
- ペチェールシク大修道院へはDnipro駅よりArsenalna駅の方が便利
- ペチェールシク大修道院は広い敷地の複合宗教施設 見学時間には余裕を持って
- 見学料は敷地入場料+施設に応じて個別入場料が発生 お好みに合わせてチョイス
- 正教会の見学・参拝では露出の多い服装は避けること 地下墓地は特に注意!!
- Puzata Hataはカフェテリア方式でウクライナ料理が楽しめるお勧めレストラン
- 地下鉄は距離に関係なく1乗車 8UAH(トークン制) 日本の地下鉄が乗れれば余裕
関連リンク集
- Ukraine.ua ウクライナ政府公式サイトの観光ページ
- Travel to Ukraine ウクライナの観光サイト
- VisitUkraine.today ウクライナの観光サイト
- Kyiv City Travel キエフ公式観光サイト
- ボリースピリ国際空港 ボリースピリ国際空港の公式サイト
- Ukrzaliznytsia ウクライナの公共鉄道輸送の公式サイト
- ペチェールシク大修道院 ペチェールシク大修道院公式サイト
ここが変わったよ 2026年考察
1. 2019年 平和だったキーウ
2019年のキーウでは、ウクライナ東部で紛争が続いていたものの、首都では大きな戦闘はなく、旅行者から見る限り普段どおりの日常が送られていました。
観光客も多く、
- 聖ソフィア大聖堂
- ペチェールシク大修道院
- マイダン広場
- アンドリーイウスキー坂
などは世界中からの旅行者で賑わっていました。
2. 2020~2021年 コロナ禍
新型コロナウイルスの流行により観光客は激減。多くの国と同じように、キーウでも観光業は大きな影響を受けました。
3. 2022年2月 侵攻開始
2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まり、ロシア軍はベラルーシ領を経由してキーウ方面にも進攻しました。
当初、ロシア軍の大規模な攻勢を前に、キーウの陥落を懸念する見方も広がりました。
しかしウクライナ軍は首都を守り抜き、ロシア軍は4月にはキーウ州から撤退します。
市民生活は一変し
- 防空壕の場所を確認
- 空襲警報アプリが必需品
- 夜間外出の制限
- 停電への備え
など新しい日常が始まり、地下鉄駅は交通機関であるだけでなく、空襲時の避難場所としても利用されるようになりました。
国際観光は事実上ストップし、外国人旅行者はほぼ姿を消しました。
- 民間航空便は運休
- ボルィースピリ国際空港閉鎖
- 一部のホテルは避難民や支援団体が利用
2019年に私たちが普通に歩いていた観光地は観光客ではなく兵士やボランティアの姿に置き換わりました。
4. 2023年 新しい日常
ロシア軍はキーウの占領には失敗。 キーウ州から撤退した後、レストランやカフェ、ショッピングセンターなども徐々に営業を再開しました。
しかし、いつ空襲警報が鳴るかわからない生活は続き、発電機やモバイルバッテリーなどの停電対策に加え、Starlinkなどの衛星通信も通信インフラの一部として利用されました。
5. 2024~2026年
現在もキーウには人々の生活があります。 学校や商店は営業し、地下鉄も走っています。
一方で、
- ドローン攻撃
- ミサイル攻撃
- 空襲警報
は続いており、日常と戦争が共存する街となっています。
私たちが歩いたキーウ。 2019年、独立広場で写真を撮り、地下鉄に乗り、普通にスーパーで買い物をしていました。
当時はそれが当たり前だと思っていました。
しかし数年後、
同じ場所が世界中のニュースで映し出されることになるとは想像もしていませんでした。
旅をしていると、「あの時行っておいて良かった」と思う場所があります。 キーウは、私たちにとってまさにそんな街になってしまいました。
[2026年6月15日]
この旅行記で私が訪れたペチェールシク大修道院が、ロシアによる攻撃で被害を受けました。
ウスペンスキー大聖堂などが被害を受けたと報じられ、UNESCOも世界遺産への攻撃として声明を発表しています


































